1954年11月5日、日本がミャンマーへの戦争賠償支払いに署名した日

政治・経済 政治・経済 2019年11月06日


1954年11月5日、日本がミャンマーへの戦争賠償支払いに署名した日

65年前の11月5日、第二次世界大戦の戦勝国の連合国の植民地であったミャンマーはヤンゴンで日本政府と戦争賠償の協定を締結した。

 ミャンマーの当時のキャウ・ニェイン産業大臣兼外務大臣と日本の岡崎勝男外務大臣が協定に署名をした。

 日本の国会で認められた協定では、日本はミャンマーに戦争賠償として2億ドル、また今後10年間の経済的協力として5000万ドルを支払うことが決定された。日本は1942年から1945年の間ミャンマーを占領していた。

第二次世界大戦の戦争賠償が支払われたのは東南アジアでは初めてであった。しかし、フィリピンには賠償金5億5000万ドル、経済協力として5000万ドルが支払われ、インドネシアには賠償金2億2300万ドル、経済協力として4億ドルが支払われたのに対し、ミャンマーは最も少額であった。

しかし、ミャンマーと日本の戦争賠償の協定では金額の見直しが規定されていたため、他の国への賠償金の金額と比較されることとなった。その結果、12年後ミャンマーは新たに賠償金1億4000万ドルを受け取った。

戦争賠償の協定の一環として、日本はカヤー州でミャンマー初の水力発電プロジェクトであるLawpita水力発電プロジェクトの建設、紡績工場の建設やヤンゴン港の再建を支援した。それに加え、日本は鉄道車両を含む交通プロジェクトを支援するための物資も供給した。

 

出典:irrawaddy.com

 

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